2012年3月30日金曜日

森達也氏「『身内が殺されても死刑廃止と言えるのか』と言う人に疑問。当事者じゃないのに」

名称未設定-1

1 名前: ヒアデス星団(埼玉県) 投稿日:2012/03/30(金) 07:51:06.51 ID:QQljkzeu0 [1/3]● ?PLT(12000)

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と
書いた人に訊きたい
http://diamond.jp/articles/-/16819
57366765_400x200
・勝間和代がホスト役を務める対談番組「デキビジ」に出演した。テーマは死刑制度。勝間は自分が死刑廃止論者であることを、とても率直な言い回しで僕に語った。なぜこの国は死刑を廃止できないのでしょうと何度も訊ねてきたけれど、答えることはできなかった。だって僕もその答えを、誰かに訊きたいといつも思っているのだから。

この番組はオンエア前に、ニコニコ動画でもライブで配信された。その後のネットやツイッターには、勝間と森に対して、激しい批判が次々に書きこまれた。いや批判ではない。ほとんど罵倒だ。

「この人らに聞きたい。被害者遺族のことは考えているのか?と」「身内殺されてもこんなこと言ってられるのかね こういう人達は」ほとんどがこのトーンだ。つまりはこれが、日本の死刑制度存置を支持する9割近い人たちの本音ということになるのだろうか。

ならばまずは、「死刑制度がある理由は被害者遺族のため」と言い切る人たちに訊きたい。もしも遺族がまったくいない天涯孤独な人が殺されたとき、その犯人が受ける罰は、軽くなってよいのだろうか。

死刑制度は被害者遺族のためにあるとするならば、そういうことになる。だって重罰を望む遺族がいないのだから。ならば親戚や知人が多くいる政治家の命は、友人も親戚もいないホームレスより尊いということになる。つまり命の価値が、被害者の立場や状況によって変わる。ならばその瞬間に、近代司法の大原則である罪刑法定主義が崩壊する。

でも不特定多数の殺傷を狙ったオウム真理教による地下鉄サリン事件以降、自分や自分の家族も被害者になったかもしれないとの危機意識が刺激されたことで被害者遺族への注目や関心が急激に高まり、共有化された被害者感情は罪と罰のバランスを変容させながら厳罰化を加速させ、民意から強いバイアスをかけられた司法は、原理原則よりも世相を気にし始めた。

なぜなら世相が望む刑罰より軽い判決を下したら、今度は自分がバッシングされるのだ。裁判所内の出世にも響くかもしれない。こうして厳罰化はさらに加速する。つまりポピュリズムだ。次に「被害者遺族の身になれw」と書いた人に訊きたい。ならばあなたは、本当に被害者遺族の思いを想像できているのかと。

自分の愛する人が消えた世界について、確かに想像はできる。でもその想像が、被害者遺族の今の思いを本当にリアルに再現しているとは僕には思えない。あなたはその思いを自分は本当に共有していると、胸を張れるのだろうか。ならばそれこそ不遜だと思う。

被害者遺族の思いを想像することは大切だ。でももっと大切なことは、自分の想像など遺族の思いには絶対に及ばないと気づくことだ。犯人への恨みや憎悪だけではない。多くの遺族は、なぜ愛する人を守れなかったのかと自分をも責める。その辛さは想像を絶する。その思いをリアルに想像することなど、僕にはできない。とてもじゃないけれど、「遺族の身になれ」などと軽々しく口にはできない。

その前提を置きながら「自分の身内が殺されてから言え」とか「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書く人に言うけれど、もしも僕の身内が誰かに殺されたら、僕はその犯人を激しく憎むだろうし、死刑にして欲しいと思うかもしれない。当たり前だ。だってそのときの僕は当事者になっているのだから、スタンダードが変わって当然だ。

でも今は当事者ではない。当事者には当事者の感覚があるし、非当事者には非当事者の感覚や役割がある。もしもあなたの友人が、「身内をアメリカ兵に殺されたイラク人の気持ちを想うとアメリカが憎くて仕方がないので報復してやる」と言ったなら、あなたはきっと「だけど現実におまえはイラク人でもないし家族をアメリカ兵に殺されてもいないじゃないか」と止めるはずだ。

もう一度書く、僕は今、被害者遺族ではない。もしも遺族(当事者)になったなら、今とは違うことを考えるかもしれない。でも今は非当事者だ。だから今思えることを思う。

そのうえで、光市母子殺害事件について、ひとつだけ思うことを書く。生後11ヵ月の夕夏ちゃんの頭を、元少年が床に叩きつけたとの事実をめぐる認定だ。確かに無期を宣告した一審・二審では、「幼児を頭上から思いきり床に叩きつけた」などと事実認定がなされている。

生後11ヵ月の幼児の頭を思いきり床に叩きつけるなどまともな人間のやることじゃないと誰かが思う。こうして元少年は生きるに値しない鬼畜であり、更生などありえないとの世相が喚起される。

でも当時作成された夕夏ちゃんの遺体鑑定書には、実のところ「頭部に損傷無し」と記述されている。当然生じるはずの頭蓋骨骨折などの痕跡はなく、損傷もまったくないことが認められた。つまり「頭上から思い切り叩きつけた」は、検察が作り上げた虚偽の事実なのだ。

差し戻し審弁護団からこの事実を突きつけられた広島高裁は、最終的には判決文に「被害児を後頭部から仰向けに思い切り叩きつけたとする旨の供述部分は信用できない」と、検察官調書を否定する記述を載せた。ただしその後には、「被告人が、中腰の格好になった状態で、同児を床に叩きつけたと推認するのが合理的である」と続いている。つまり押入れ上段から引きずり出した夕夏ちゃんを、中腰の格好で叩きつけたならば、大きな損傷がないこともありえるという理屈らしい。

根拠は元少年のかつての供述と、頭部の3つの皮下出血だ(幼児は皮下出血を起こしやすい。もちろん致命傷ではない)。明らかに苦肉の策だ。でも少なくとも、「床に思いきり叩きつけた」との事実認定は変わっている。ところがメディアは相変わらず、「床に思いきり叩きつけて」を、臆面もなく使っている。こうして殺意や計画性が作られる。そしてこの裁判において殺意と計画性の有無は、死刑と無期とを分ける最重要なポイントだった。

判決翌日、多くの識者やジャーナリストが、凶悪化と増加の一途をたどるこの国の少年事件に厳格な姿勢を示した判決などと述べた。これもまったく事実無根だ。少年事件は一般の殺人事件と並び、毎年のように戦後最少を更新している。こうして虚偽の事実がメディアによって消費され、人々の意識が変わり、制度が変わり、法が変わる。それによって損害を受けるのは、「被害者遺族の身になれw」とか「自分の子供が殺されても同じことが言えるのか」などとネットに書きこんでいるあなたかもしれない。



6 名前: アルビレオ(神奈川県) 投稿日:2012/03/30(金) 07:58:25.72 ID:0KIfOvu+0 [1/2]
また長々と極論と詭弁のオンパレードか




7 名前: 馬頭星雲(福岡県) 投稿日:2012/03/30(金) 07:58:54.48 ID:MjwzrzUJ0
相棒で復讐を続ける犯人に右京はいつも
「そんなことをしても死んだ◯◯さんは喜ばない」って言うよな




8 名前: 亜鈴状星雲(dion軍) 投稿日:2012/03/30(金) 08:00:23.74 ID:o1j7Kxtp0 [1/2]
良い指摘や(´・ω・`)

でもν即民にわ罰刑法定主義以降のくだりわ理解できひんやろな(´・ω・`)




9 名前: ダークマター(庭) 投稿日:2012/03/30(金) 08:01:05.63 ID:icVdSqgNP [1/2]
お前だって当事者じゃないからしけいはいしなんて言えるんだろ。


はい論破。




10 名前: グリーゼ581c(東京都) 投稿日:2012/03/30(金) 08:01:26.42 ID:hWv9ZIwK0 [1/2] ?PLT(12001)

死刑制度が犯罪を抑止するってのはもう証明されていて、後は国民性がどちらを選択するかの問題だろ
日本は9割近く支持してるんだからそれでいいじゃんもう いちいち何なんだろう




11 名前: ヒドラ(秋田県) 投稿日:2012/03/30(金) 08:02:16.72 ID:cPlF+g280
死刑は抑止力だろ。
誰も当事者になりたくないからあるの。




13 名前: ケレス(北海道) 投稿日:2012/03/30(金) 08:04:15.98 ID:1NGVWV5w0
そもそも世相を反映しない法律が間違い




14 名前: ダークマター(庭) 投稿日:2012/03/30(金) 08:05:24.76 ID:icVdSqgNP [2/2]
なにも死刑賛成派は100%遺族感情だけで死刑にしろなんていってないんだけどね。

遺族感情よりも犯罪抑止効果になるからって意見の方が多いし、俺みたいに遺族じゃなくても死刑囚が吊るされれば気分がスカッとするから賛成って奴もいるぞ。




15 名前: ニート彗星(関東・甲信越) 投稿日:2012/03/30(金) 08:05:27.27 ID:dqXk4qZbO
自分や身内が罪を犯した時に罰を受けるのが嫌なだけでしょ




16 名前: ダークマター(大阪府) 投稿日:2012/03/30(金) 08:06:12.61 ID:TAZ+AcKz0
犯罪者を税金で食わせて病気も治療して食事も出来て・・
なんか違うね
死刑廃止論者全員のお金で犯罪者を食わせてやるといいよ

0 件のコメント:

コメントを投稿